そろそろインボイス制度の準備をしないと・・・と思っておられるお客様も多いかと存じます。お客様にお伺いしている中で悩ましいのは「取引先に免税事業者がある場合」の対応策です。
 ■独占禁止法での優越的地位の濫用に注意
 令和4年1月19日に公正取引委員会から「免税事業者及びその取引先のインボイス制度への対応に関するQ&A」が公表されました。https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/invoice_qanda.html
 その中で、このままの条件での取引では買い手の負担が増加することを理由に、売り手である免税事業者に対して取引条件見直しを行うことは問題はなく、双方納得の上で決まった金額であればよいとされていますが、その協議が形式的なものであり、相手が今後の取引への影響を考えて条件を飲まざるを得ないのに以下のようなことを行うと独占禁止法上問題となる恐れがあるとしています。
 (1) 免税事業者に仕入れの消費税が支払えないほどの値下げ要請をする
 (2) 適格事業者になるよう要請したのに売り手の負担増を考慮した取引価格にしない
 (3) 免税事業者が消費税全額の値下げ要請に応じないことを理由に取引を停止する

 ■免税事業者と取引をする課税事業者の対応フローチャート
 このように免税事業者と取引を行う課税事業者については、売り手である免税事業者のほうが立場が弱い場合には独占禁止法に抵触しないよう丁寧な取引条件の変更を打診する必要がある一方、売り手である免税事業者のほうが立場が強い場合、コストアップの可能性もあります。
 そこで、免税事業者との取引をせざるを得ない課税事業者はどのような対応を取るのが良いのかをフローチャート形式でまとめてみることにします。

 【免税事業者と取引をする課税事業者が採るべき方策】

 ・自身が簡易課税を選択       (OK)➡ 課税事業者側でのコストアップ回避  
      ↓ NO
 
 ・適格事業者+簡易課税を要請    (OK)➡ 課税事業者側でのコストアップ回避 
      ↓ NO
 
 ・消費税分の値下げ要請       (OK)➡ 課税事業者側でのコストアップ回避 
      ↓ NO
 
 ・適格事業者への代替        (OK)➡ 課税事業者側でのコストアップ回避 
      ↓ NO

 ・課税事業者側でコストアップ      ※独禁法には配慮を
    
     

 (1)簡易課税制度を選択する
 基準期間の課税売上高が5,000万円以下であれば、簡易課税制度の選択が可能です。
 簡易課税制度を選択すれば、売り手として適格請求書の発行やその写しの保管の義務は生じますが、買い手としての仕入税額控除の要件としては、適格請求書は不要となります。
 簡易課税によって、適格請求書がなくても仕入税額控除が可能であるというのであれば、売り手が免税事業者であったとしても従来どおり仕入税額控除が可能です。
 売り手である免税事業者のほうが立場が強い場合で、値下げ要請や適格事業者登録の要請に応じてくれないとしても買い手側のコストが増えるわけではありません。
 なお、売り手に対して自分が簡易課税を選択している旨を伝える必要はないので、売り手である免税事業者が納得をしてくれたのであれば、消費税分の値下げがされたとしても問題はありません。
 簡易課税を選択すると、設備投資など多額の課税仕入が生じた場合、その選択によって負担が増加する可能性もありますが、免税事業者との取引が不可避である課税事業者については、簡易課税の選択によって、課税事業者側が負担すべきコストアップを回避することもできるのです。

 (2)適格事業者+簡易課税の要請をする
 売り手が従来どおり本体価格に消費税額を上乗せして請求をしたいのであれば、適格請求書が発行できるよう適格事業者に登録するよう要請をします。
 それにより今までになかった経理処理の手間や消費税の納税負担が大幅に増加しますが、簡易課税を選択することでそれらの負担を軽減できる旨の説明もしましょう。
 なお、買い手側の立場の方が強く、売り手の免税事業者がこちらの提案を飲まざるを得ない場合で、こちらから適格事業者登録を要請したのであれば、売り手の消費税負担増加に配慮するなど、独占禁止法に抵触しないような慎重な合意形成が必要です。

 (3)消費税分の値下げ要請をする
 簡易課税制度で負担が軽減されるとしてもどうしても免税事業者のままでいたいという売り手に対しては、消費税分の値下げ要請をします。
 売り手が免税事業者であり続けることで買い手の課税事業者が値下げ要請をすること自体は独占禁止法上も問題はありません。
 ただし、売り手の免税事業者が仕入れに伴う消費税を支払うことができないほどの値下げ要請の強要は独占禁止法上の問題となる恐れがあります。
 仮に、免税事業者側が仕入れに伴う消費税の支払いはできるよう、免税事業者の益税分のみであれば値下げ要請ができるとすれば、サービス業など課税仕入の少ない事業者であればその仕入れに伴う消費税の負担も小さく値下げの余地は大きいものの、卸売業など課税仕入の多い事業者であれば仕入れに伴う消費税の負担が大きく値下げ要請の余地も小さいことになります。
 売り手側が仕入価格を明らかにすることは考えにくいですが、免税事業者の仕入れに伴う消費税負担に配慮しながらも、免税事業者の益税部分については本来国に納付されるべきものであり、このままではこちらのコストが大幅に増えることを説明し値下げに応じてもらうよう取引条件変更の打診をします。

 (4)取引先変更の可否を検討
 売り手が免税事業者のままであり、消費税相当額の値下げにも応じない場合、本当にその事業者との取引を継続しなければならないのかを冷静に検討をする必要があります。
 あえてその免税事業者でなくても良いのであれば同じ金額を支払うことで消費税の仕入税額控除の可能な適格事業者との取引にシフトをします。
 確かに、買い手のほうが売り手よりも立場が強い場合で、免税事業者の仕入れに伴う消費税額が支払えないほどの値下げ要請をし、その要請を断ったことを理由に取引を停止することは独占禁止法に抵触する恐れはあります。
 ですが、数多くの取引先の選択肢の中で免税事業者との取引継続が強制されるわけでも、適格事業者との取引を禁止されるわけではないので、必然的に適格事業者との取引が増えていくことは経済合理的な判断としては自然なことだと言えます。
 一方で、売り手のほうが立場が強く、消費税相当額の値下げ要請も適格事業者登録の要請もできないような場合には、買い手である課税事業者側でインボイス制度による消費税負担増を背負うことはやむを得ないでしょう。

 ということで、インボイス制度は、免税事業者に大きな影響のある改正だと思われていますが、買い手である課税事業者にとって、その立場が免税事業者よりも強い場合であれ、弱い場合であれ、その負担増のすべてを売り手の免税事業者に転嫁できない部分については、自らが負担せざるを得ないものであるということを理解した上で、対応を検討する必要があります。

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